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悪女について

有吉佐和子の「悪女について」読了。

自殺か他殺か不明の死を遂げた「富小路君子」(ヒロイン)に関わる27人の男女が、彼女について語るエピソードを並べて「富小路君子」を描き出す小説。
「富小路君子」の死後にインタビューしている形式だから、ヒロインの視点はひとつも出てこない。
「富小路君子」を悪女と罵る人もあれば、善人と信じて疑わない人もいる。
富小路君子の息子を「自分が父親」と名乗る者が2人。「俺の子じゃないのにー」と否定する戸籍上の父。亡くなる直前まで、恋人/愛人/情人だったという人達。彼女に騙されたと主張する人、彼女は騙されていたという人。
27人が語る27通りの「富小路君子」像。

最後まで、死の真相は明かされず彼女の人柄を「こう」と決めつけることもしない。
その曖昧模糊とした歯がゆさが、すごくリアル。

私について27人の人に語ってもらったとしたら、同じように27通りの「三月兎」像が表れる筈。もし、一律で「明るく元気ないい人ですー」みたいな当たり障りないコメントしか集まらないのなら、それはインタビュアーがよっぽど下手なんだわ(笑)

“私とあなた”の関係は、私とあなたにしか判らない。
その上で、“私にとってのあなた”と、“あなたにとっての私”の関係も、また異なっている。

私でしかない「三月兎」を、私に関わる人達がそれぞれのスタンスで、自分の必要な部分をクローズアップして見たいように見るのなら。私は、どっちを向いていい顔しようかなー なんて考えるのは、端から無駄なことでしかない。
私が何処見ていようが、何見ていようが、実はたいした問題ではなくて。
私に関わる人の数だけ、私の切り口が増える、、、と。
だったら私は私のままでいいのかな。

金太郎飴のように、どこを切っても同じ顔 とゆーのは、揺るぎがなくていいな と思ってきたけれど。
切り口の数だけ新しい面があるというのは、とても豊なことかもしれない。

同時に他人を見る時は、一つの方向からだけではなく、その人の周りを何度もなぞっていろんな角度から見られるような。そんな視点がほしいなと。

そんなことを考えました。

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