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対価を払うということ

葉県の公立高校で、入学式までに収めるべき入学金を払わなかったということで、新入生2人が入学式に出席できなかったという。
ニュースによると、学校側は事前に必要な費用を伝え、経済的問題がある場合は分納も可能だから相談するようにと救済策も申し出てあった。にもかかわらず、払い込まない親。
一人は、入学式後に全額、もう一人は一部を母親が持ってきて、入学を許可されたという。

教育評論家の尾木直樹・法政大教授(臨床教育学)が「極めて機械的、官僚的対応。学校側は2人だけではなく、生徒、保護者に謝罪すべきだ」と話しているそうだが、何故そうなるのか?
高校は義務教育ではないのだし、教育に限らずあらゆるサービスを受けるためには対価を支払うのが当然。それを教えるのも大事な教育だと思う。この場合、教育が必要だったのは、新入生ではなくその保護者だが。

非常識な親のせいで恥をかいた子どもは可哀想だけれど、それに対して学校がなぜ保護者に謝罪する必要があるのか。
保護者に社会的常識があれば、子どもは恥をかくことはなかった。ただそれだけのことなのに。

尾木直樹氏は、『バカ親って言うな!―モンスターペアレントの謎』や『日本人はどこまでバカになるのか―「PISA型学力」低下』を著作しているが、いったいどんな内容なんだろう。

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コメント

う~ん、入学を保留してくれて、督促の連絡?までしていた分だけ学校側の対応としては、人道的かも。

旅館やホテルなら、未入金でキャンセル扱い、かつキャンセル料お支払いコースですね。


>>ほりさん
んね?
社会常識で考えて、学校の対応は人道的かつ教育的だと思いますよー。
救済措置してもらって、「ありがとう」じゃなくて、謝罪しろだなんて。
学校側がかわいそーだー。

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